アニメ『とある科学の超電磁砲《レールガン》』第3[#「3」は丸付き数字]巻初回特典付録 とある魔術の|禁書目録《インデックス》SS[#大見出し] 鎌池和馬 イラスト/灰村キヨタカ ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)とある魔術の禁書目録《インデックス》 |:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号 (例)神裂|火織《かおり》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)第3[#「3」は丸付き数字]巻 ------------------------------------------------------- <img src="img/INDEXSS03_001.jpg"> <img src="img/INDEXSS03_003.jpg"> 第三話[#小見出し] 環境保護の真意[#大見出し] RULIC_letters.[#小見出し] [#改ページ] 1 捜査の依頼内容を説明させていただきます。 デンマークの港湾《こうわん》都市の工業地帯にある製鉄所で、魔術師による破壊活動の前兆《ぜんちょう》が確認されました。 この製鉄所は科学サイド・学園都市の協力機関であり、被害が広がれば魔術サイドと科学サイドの間に深い亀裂《きれつ》を生んでしまう危険があります。 現地に赴《おもむ》き、魔術師を討伐《とうばつ》してください。 なお、本作戦の最優先事項は製鉄所の被害を抑《おさ》える事です。全力を尽くすのは当然ですが、その結果として該当施設への被害を拡大させる事態は避けてください。 「いいね、シンプルで」 ジーンズショップの店主はうんざりした調子でそんな事を言った。 日没直後の闇の中、彼は遠くにある煙突のてっぺんで明滅《めいめつ》している赤いランプを眺めている。 「聞き込みも追跡もなし。ひたすら殴って殺し合い。……一応聞くけどよ、俺達ここにいる意味あんのか?『聖人』の神裂《かんざき》を投入しておしまいで良いじゃんよ」 「何でそんなに殺伐《さつばつ》としているんですか」 神裂は呆《あき》れたように言ったが、ツアーガイドの少女の方には心当たりがあった。 「……あのう。もしかして、またジーンズショップの方の仕事が大変な事になっているんじゃ……。この前も商品の搬送が遅れているとかってお客様からクレームのメールが来ていたって話でしたし」 「うふふ。大丈夫さ。何度も何度もメールをやり取りしている内に、いつの間にか中学生の佐天《さてん》ちゃんとは何だかメル友になってしまった感じだからな。怒っていた客の方から心配されるなんて、プロの店員としてどうなんだろうとは思わなくもないが」 心の底からうんざりした調子で店主はそんな事を言った。 デンマークの港は肌寒い霧《きり》に包まれていた。純粋な水分だけとは思えない、妙な粘り気のある霧だ。それは、ここが工業地帯だからだろうか。ミクロネシアの南の島と比べると、大分空気が重く、水を吸った毛布を頭から被せられているような不快感を与えてくる。 空を見上げれば鉛色の雲。 やはりこれも、まるで煙を吸った大気が、質を変えてしまったかのような暗さと深さを内包した印象だった。実際に、科学的にどうなのかは知らないが。 一方、神裂はこの不快な状況にも顔色一つ変えず、律儀《りちぎ》に店主の質問に答える。 聖人を戦場へ投入すれば終わりじやないの? という最初の質問だ。 「敵はルーン魔術の使い手で、爆弾のように標的の施設のあちこちにルーンを仕掛けてから、一斉に起爆する方法を好むらしいんです。ですので、あなた達にもルーンの捜索と破壊を手伝っていただきます」 「うげ」 店主はいかにも嫌そうな顔になり、 「……ちなみにその手口、何で激突前に判明してんだ?」 「過去に同様の例があり、データベース上にまとめられていたからです」 クソッたれ、と店主は吐き捨てた。 その近くで自前のメモ帳をめくっていたツアーガイドの少女は、 「敵はこれまでフランスの火力発電所、ドイツの石油化学コンビナート、フィンランドの海上油田を同様の手口で破壊していますね。事前に敷地内の見取り図を解析するためにいくつかの魔術を行使するらしくて、今回はその前兆を先読みしたらしいです」 「なら、俺達三人だけじゃなくて、イギリス清教から大部隊でも派遣《はけん》すりゃ良いのによ。そっちの方が、どっかに仕掛けられてるルーンを残さず見つけられる可能性も上がるだろ」 「そ、それじゃ犯人が現れないから捕まえられないって上の人は言ってましたけど」 「あのなお嬢ちゃん。確か大義名分では『科学サイドの学園都市との関係を悪化させないため』とかって言ってなかったか?」 もう面倒臭さの極みみたいな表情で、店主はそんな事を言った。 結局、魔術サイドと科学サイドの間にある『配慮《はいりょ》』など、その程度のものなのだろう。バラバラに分散して仕掛けられたルーンを探すと見せかけておいて、どっかでサボっていようかな、とまで考えていた店主は、気持ちの悪い霧に濡れた顔を軽く拭《ぬぐ》いつつ、 (……ちくしょう。髪も服も水分でびっちょびちょじゃねえか。ん? 服も……?) そこで何かに気づいたように、店主はゆっくりと、改めて神裂の方に目をやる。 彼女の服装は、脇で絞《しぼ》っておへそが見えるようにした半袖のTシャツと、片足だけ太股の根元の所からバッサリ切断した特殊なジーンズだ。 もう一度状況を確認するが、現在、この港湾地帯は深い霧に包まれており、そこに立っているだけで髪も服も水分を吸ってびしょびしょになるような状態だった。 となると……、 (おおおおおおおっ!! 透ける! あとちょっとでなんかが透けそうだ!! 今はまだ水分が足りずに決定打ではないが、このまま放っておけばいずれはブラぐらい……ッ!! いや、神裂ってブラ着けてんの? も、もしかしたらそれ以上もいけるのかー……ッ!?) 「??? どうかしたんですか?」 割と無防備な神裂に怪冴《けげん》な目を向けられ、店主は慌《あわ》てて首を横に振る。 そうしながらも、彼の頭の中では天使と悪魔が口論を始めていた。 悪魔(黒いレオタードを着て、コウモリのような羽と矢印みたいな尻尾を生やしたミニサイズの脳内神裂)は言う。 『へいへーい。聖人サマのお守りのために、わざわざこんな油臭い工業地帯まで連れ回されて、爆弾撤去まで手伝わされるんだぜ。これぐらいの恩恵《おんけい》はあっても良いんじやね?』 天使(さらにエロい紐《ひも》みたいな白い水着を着て、白鳥みたいな羽と金色の輪っかを装着したミニサイズの脳内神裂)も言った。 『お待ちなさい! いけないわそんな事! あの無防備はそれだけあなたを信頼しているという裏返しなのですよ。その温かい気持ちを裏切ってまでトライするような事ですか!?』 そして店主は頭を抱えた。 (ちょっと待て何で天使の方がエロいんだよ!!) すると、二人の脳内神裂はケンカをやめると、くるりと振り返って店主の方を見て、同時にハモりながらこう答えた。 『『私達がこんなカッコで出てきた時点で、もう答えは決まっているでしょ?』』 「イエス!! 俺はこれから徹底的に神裂へ張り付きそして濡れた乳房の先端を思い切り凝視するものなりーっ!!」 「何をいきなりダダ漏れになっているんですか!?」 唐突に蹴りが飛んで店主が宙を舞った。 ぷんすか怒って単独活動を始めた神裂と問答無用で吹っ飛ばされた店主を困った顔で交互に見ていたツアーガイドだったが、一応怪我人の方を優先したのだろう。彼女はやがて店主の方へと駆けてきた。 「あのう、店主さんは神裂さんが好きなんですか?」 「馬鹿者。拳銃から弾丸が発射されてから目で見て避けるような怪物相手に、まともな恋愛感情なんて湧く訳ねーだろ」 「じゃあ何で……?」 不思議そうなツアーガイドに、ジーンズショップの店主はニヤリと笑いながら、 「決まってんだろ。後はどれだけおこぼれをもらえるかどうかが勝負って訳よ」 「そっかそっか。とりあえずあなたが最低だって事は良く分かりました」 2 神裂達がやってきたのは工業地帯の中でも、特に製鉄を専門に行う所だ。この部門だけで七キロ四方の面積を占めると言うのだから、重工業は何かとスケールの桁《けた》が違う。 「大量のオイルタンクがひしめき合っている石油化学コンビナートに比べれば、まだまだ安全なんですかね」 ひとまず神裂と店主を和解させたツアーガイドの少女はそんな事を言った。 すると、店主は呆れたような調子で、 「どこがだよ。こんなトコに火種を故ったらボーボー燃えるぞ」 「え? でも、置いてある資材の大半は鉄鉱石ですよね。別に引火するようなものではないんじゃあ……?」 「その普通の火では燃えるはずのない鉄鉱石を、無理矢理に熱でドロドロに溶かすための溶鉱炉に、どれだけの燃料を投入しているか分かりますか?」 神裂がやんわりと指摘すると、ツアーガイドの少女は『うっ』と呻《うめ》いた。神裂の方はあまり気にした様子もなく、 「……それにしても、ルーンという事は」 「また北欧神話だな」 神裂と店主が適当な調子で言うと、ツアーガイドの少女は慌てて手帳をめくった。挽回《ばんかい》したいのかもしれない。 「え、ええっと、『世界樹を絶やさぬ者』とか『神の剣の文字を知る者』とか、北欧系の結社が活発化しているという話は聞きますね。今回の件とは関わりはないようですけど」 「……、」 神裂はしばし黙る。 何らかの繋がりはないかと思わなくもないが、確証のない事をここで論じても意味はない。そもそも、北欧神話は『名前だけなら』魔術と縁《えん》のない民間人でも知っているメジャーなものだ。当然、メジャーな分野なら魔術師の数も、事件が起こる頻度《ひんど》も多い。 とにかく、今は目の前の作戦を完遂《かんすい》する事に集中する。 戦場の確認のため、彼女は改めて周囲へ目をやり、 「随分と煙突が多いですね。一般的な製鉄所と比べても、多少過密な印象を受けます」 「鉄の需要は上がっているからな」 「それは、科学サイドと魔術サイドの緊張状態のせいで、軍需産業が盛んになりつつあるという事ですか?」 「厳密に言えば、もうすぐそうなりそうだから、今の内に鉄製品を確保したり買い占めたりして儲けたいって考える輩《やから》が出始めているって話だよ。施設の三分の一ぐらいはピカピカじゃねえか。建造中のものもある。時代の変化とやらに応じて、急速《きゅうきょ》施設を拡張したんだろ」 店主はくだらなさそうに言った。 彼は今も霧の向こうで灰色の煙を吐き出し続ける煙突に目をやりながら、 「炉を止めて燃料の供給を断つだけでも、被害は軽減できそうなもんだけどな」 「実際には難しいでしょうね。あの手の溶鉱炉は三六五日稼働させ続けるものだと聞いています。一度炉が冷えてから再び温め直すのには、相当コストをかけるそうですから」 「……ものによっては二〇年以上点火させっ放しだってんだからなあ。そんな不自然な状況を維持し続けなくちゃならない理由があるって訳か」 「二〇年?」 と、素っ頓狂な声を出したのはツアーガイドだ。 「そんなに毎日、あれだけの煙をもくもく出しているんですか? そしたら環境破壊でメチャクチャになっちゃうじゃないですか」 「煙突から出てるものの大半は水蒸気らしいんだが……まぁ、それでも終業後も休日も稼働させっ放《ぱな》しな訳だし、地球にはお優しくないだろうなあ。実際、この辺りじや酸性雨のせいで石造りの教会の屋根が鍾乳石《しょうにゅうせき》みたいに溶けているぐらいだし」 ポリポリと頭を掻《か》く店主は、ついてこれなくなっているツアーガイドの少女から地図を奪い取り、それを大きく広げながら、 「敵が仕掛けてくるとしたらどこかね」 「やはり溶鉱炉の周辺が怪しいのでは?」 「確かに爆発はさせやすいが、敷地は七キロ四方だぜ。くまなく炎の海で埋め尽くすには至らないだろ」 「向こうの目的は製鉄所の稼働停止です。心臓部である一五基の溶鉱炉を全て破壊できれば、この施設は使い物にならなくなるのですから、敷地を全て焼却する必要はないはずでは?」 「テロリストに合理性が通用すれば良いがな。俺は溶鉱炉に燃料を送るパイプラインとかも怪しいと思うぜ。特に石炭じやなくて天然ガスの方な。こっちへ先に穴を空けておいて、地上近くに比重の重いガスを広げてから起爆させれば、被害は一気に拡大する」 「かもしれませんが、その場合、実行前に気づかれるリスクが増します。魔術と違って、天然ガスは普通のセンサーでも感知できますからね」 「そんなもんかね。じゃあ炎を使って大量の鉄鉱石を急激に酸化させれば、ここで働く連中を一気にまとめて酸欠に追い込めるんじゃねーかってのも考え過ぎか?」 「あっ、あっ、あのう……」 おずおずと手を上げて発言するツアーガイドに、神裂と店主は同時に振り返った。また置いてきぼりにされてんのかこいつ、という目の二人だったが、どうやらツアーガイドが言いたいのはそういう事ではないらしい。 彼女は自分の足元を指差して、困ったような顔でこう言った。 「……ここにあるのって、魔術師が仕掛けたっていうルーンじゃありませんかね?」 3 合理性もクソもなかった。 ツアーガイドが指差したのは、何の変哲《へんてつ》もないアスファルトの道路だった。大型トラツクを簡単にUターンさせるためなのか、道路というより灰色の平原みたいになっている場所だ。当然、周囲に引火しやすい天然ガスや石炭の貯蔵所がある訳でもない。たとえここで爆発が起こっても、そこを迂回《うかい》するようにトラツクを走らせればどうとでもなりそうだった。 隠そうとする意図は感じられなかった。 製鉄所の人間に見られた所で問題はない。明らかな悪意のある図面や文面ではない。どちらかと言えば記号的で、何も知らなければ『どっかの不良が落書きをした』というよりは『何らかの工事に使う目印なのかな?』という風に解釈するだろう。 平面のど真ん中に仕掛けられたルーンを店主は長め、ポツリと呟く。 「……地下に送電ケーブルとか天然ガスのパイプラインが埋めてあるとか?」 「かっ、確認しましたけど、そういうのはなさそうです。一応、下水道は走っているみたいですけど」 普通の地図とはまた違う、水道局の人が使っているような地下構造専門の地図を見ながらツアーガイドの少女は答える。 「となると……」 神裂は顎に手をやって、 「魔術師は特定の『引火させやすいポイント』ヘルーンを仕掛けているのではなく、この製鉄所の敷地内へ所構わずルーンを設置してから一斉に起爆しようとしている……という事なのでしょうか」 「このレベルのものを?」 店主は呆れたように言った。 指摘された事については、神裂も理解していた。 あまりにも複雑すぎる。 直径四〇センチほどの、円形の陣だった。しかし、円の中に五芒星などを描いたものとは全く違う。びっしりと。円の縁も円の中も、その全てに細かく血管のような紋様《もんよう》が刻まれていた。それは大きく小さく、様々なルーンを示している。まるで編《だま》し絵だった。ある一つのルーンだと思えばそう見えるし、視点を変えると別の場所に全く違うルーンが見える。意識の仕方、集中の方法によって、同じ溝であっても違うパーツに見えてくる。 そのどれかがダミーであり、そのどれかが本命なのだろう。 仕掛けるのに多くの時間をかけているものは、それを解くにも同様の時間がかかる。こんなものが七キロ四方の製鉄所の様々な場所へ仕掛けられているとしたら、たとえ『どこにいくつ仕掛けられているか』分かっていたとしても、魔術師が製鉄所を爆破するまでに全ての陣を解く事はできない。 ただし。 本当に、ここまでのレベルの陣を製鉄所の全域に仕掛けられれば、の話なのだが。 「もしかしてさ」 ジーンズショップの店主は、恐る恐るといった調子で言った。 「これ仕掛けたヤッって、細部にこだわるあまり全体像を見失うタイプなのか?」 「いっ、いえ。現に同じ手口で三ヶ所の工業施設を破壊しているはずなんです。そんな馬鹿なら最初の一回目で頓挫《とんざ》していると思うんですけど」 ツアーガイドの少女は何故か敵を庇《かば》うような事を言う。 神裂は屈み込んで、地面に仕掛けられた陣を観察しながら、 「……現に魔術師はルーンを刻んでいる。にも拘《かかわ》らず即座に起爆しないのは、やはり準備が終わっていないからでしょうか」 「馬鹿正直にこんなもんを刻んでいたとしたら、一ヶ所に仕掛けるのに五時間はかかるぜ。その魔術師ってのは何年かけてこの製鉄所を吹き飛ばすつもりだよ」 呆れたように言う店主。 そこで、ツアーガイドの少女は軽く首を傾げた。 「あれ?」 「何だよ」 「いえ、その魔法陣って、一つ用意するのにものすごーく手間がかかるんでしたよね」 「それが?」 「ええとですね」 ツアーガイドはやや困ったような調子で、 「七キロ四方の敷地に魔法陣を仕掛ける場合、端から順番に、インクジェットのプリンターの印刷みたいに設置していくものですかね。やっぱり人間の心理的に、まず重要っぽい所を先に押さえてから、優先順位の低い所に移っていくのが普通なんじゃないかなー、とか」 「つまり?」 「こんな優先順位の低い、どうでも良い場所に仕掛けてあるって事は、とっくの昔に重要っぽい場所にも仕掛けをした後とかって事はないでしょうか」 考え過ぎですかね? と彼女が付け加えようとした時だった。 ボバッ!! と。 突然、遠くにある煙突の一本が真ん中辺りから容赦《ようしゃ》なくへし折れた。 本来は煙を出すためにある巨大な筒からは、ありえないほど勢い良く赤い炎が噴《ふ》き出していた。中央から折れた『傷口』からも、同じように莫大な炎が溢れている。 「まさか……あんな高さにも仕掛けていたんですか!?」 「違う、根元の溶鉱炉からだ! そこから炎が噴き上がって煙突の内部から破壊しやがったんだよ!!」 爆音にかき消されないように叫ぶ店主。そうしている間にも燃料用の天然ガスの貯蔵タンクや、そこから伸びる銀色のパイプラインなどで、二回、三回と立て続けに爆発が巻き起こっていく。 (早く止めなくては……ッ!!) 悲鳴とサイレンが響き渡り、炎と煙が噴き出す光景を眺めて、神裂は至極《しごく》まっとうな考えを抱いた。ただし彼女は目の前の光景に圧倒されたせいで、とても基本的な事を忘れてしまっていた。 そう。 製鉄所のあちこちに仕掛けられているであろう魔法陣と全く同じものが、自分達のすぐ足下にも用意されている事を。 チカッ、と何らかの光が瞬《またた》いた。 「―――ッ!?」 神裂|火織《かおり》が何かを言う前に、紅蓮《ぐれん》の爆炎が三人を覆《おお》い尽くした。 4 まるで爆撃機が大空を通過した後のようだった。 爆発は、直接的に炎を浴びた者は元より、その圏外《けんがい》にいた者すら高温の熱風で焼き殺すレベルに達していた。黒々とした煙は空を覆い、この製鉄所が健全に稼働していた頃よりも、さらに毒々しい色彩を作り上げている。 そんな中だった。 バヒョッ!! という巨大な団扇《うちわ》を仰ぐような音と共に、炎の山の一角が内側から吹き散らされた。その中から出てきたのは、無傷の神裂火織と、彼女によって守られたジーンズショップの店主、ツアーガイドの少女だった。 「えっ、えっ?」 ツアーガイドは自分の身に起きた事を理解していなかったようだが、 「使用されたルーンは『|昼間《Dagaz》』と『|真夏《Jera》』。それらの大量設置による弊害、高温と乾燥をエスカレートさせる事によって誘発された発火。ならば雲の分厚い『曇天』から魔術的意味を抽出し、太陽は隠されたものだと示す事によって、その効力を局地的に奪う事ができます」 「虫眼鏡を使ってアリを焼いている所に、その源になっている太陽の陽射しを手で覆ったらどうなるよ」 神裂の説明だけでは首を傾げっ放しだったツアーガイドに、店主は付け加えるように言った。ほーほーと今さらズレた感心をするツアーガイドを放っておいて、店主は神裂の方を見た。 「被害状況は分かんのか」 「民間の被害がゼロというほど甘くはないでしょう」 神裂火織の声から感情が消えていた。 みしみしと、刀の柄を握る手から異様な音が響いている。 「……これは明らかに『|必要悪の教会《ネセサリウス》』上層部の作戦立案能力と、それに従うだけだった私達に責任があります。全てが終わった後にケジメをつけなければ」 「良く言うぜ。今さっき、ルーンの炎を消す時に、魔術的にリンクしている別の個所のルーンもまとめて無力化してただろ。あの分だと死者は出なくて済んだんじゃねえのか」 「確実性を保証できるものではありません。また、負傷者が出た事は確実です」 ……こいつは四角いリングの上じゃないと魔術師と戦いたくないんだろうか、と店主は思ったが、下手な事は言わないようにした。こういうモードの神裂はあまり刺激しない方が良い。 「しかしどうすんだこれ? 第一波で全ての溶鉱炉がやられた訳じやなさそうだが、続けて第二波、第三波の攻撃がやってきたら、一五基ある炉を全部やられちまうぜ。こんな状況で、今からルーンの撤去作業なんてやって間に合うのかよ」 「いいえ。まだ方法はあります」 神裂は首を横に振った。 「これを発動させた魔術師を見つけて倒してしまえば、どこに何ヶ所ルーンを仕掛けられていようが、これ以上の被害は出ません」 「こんな所にいるもんかよ。どうせ遠隔発動型だろ。とっくに安全圈まで避難してるさ。俺達の手の届かない所から魔術を発動させてるに決まってる」 「そうとも限りませんよ」 神裂は自分の足元を指で差した。 そこには先ほどまで、魔術師が仕掛けたルーンがあったはずだった。今は跡形もなく消滅している。 「爆発力を増す工夫は見られましたが、有効距離を延長するための仕掛けは特にありませんでした。おそらく魔術師は七キロ四方の製鉄所の中から命令を送っているはずです」 「それじゃ自分自身も爆発に巻き込まれるだろうがよ」 「ですから、魔術師は敷地内の安全地帯に潜んでいるんでしょう」 神裂はざっと周囲を見回し、 「何でこんな無意味な所に複雑なルーンを刻んでいたのか、ずっとそれを考えていました」 「安全地帯とどう関係すんだよ、そんなの」 「爆発による安全地帯は、実は簡単に算出できます。……魔術の知識がなくてもです。この魔術師は溶鉱炉の燃料に使われる石炭や天然ガスを利用して被害を拡大させようとしていますからね。結局、一般的な火災を想定して、炎や煙が届かない場所を探せば良いんです」 言いながら、彼女はタンタンとブーツの底で地面を軽く叩く。 「ところが、それでは魔術師の居場所は簡単...
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